Quality of Death

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本 宮  善 恢
(医療法人翠悠会)


幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある(望月哲男訳)

‶併設型透析施設での現況〞つまり要介護者の透析について原稿を依頼され、上記のアンナ・カレーニナの有名な一節を引いたところ科学論文にそぐわないとして改めるよう連絡を受けました。それでは現場の空気が伝わらないので即座にお断りしたのですが、この一節は介護現場にあっては誰もがうなづけるプロットです。OCT(マキサカルシトール)開発が契機となってVD関連サイエンスはVDからVDRへとパラダイムシフトした感があり、それに伴いVDRAに期待される領域もロコモの分野を超えて癌領域、生活習慣病とQOL百般ににわかに広まっています。
この広がりはVDRがステロイド受容体ファミリーから進化の過程で特化(分化)してきたと考えれば、充分に理解されます。加えて最近の血管組織でのKlotho発現復活効果の報告(Lim et al,2013、Ritter et al,2015)はVDRAの長寿ホルモンとしてのさらなるEBMを示しています。平均寿命を超えた要介護者が大半を占める併設型透析施設にあってはQOLは日常的に臨死状態とオーバーラップしながら揺らいでいます。つまりこの場のQOLはQOD(Quality of Death)そのものと言えます。理想はどうであれ望ましいQODは自然死ではないでしょうか?となればVDRAの担うミッションは自然死への約束を少しでも確かなものにするということではないかと思います。小説ではアンナは最後デスペアーに陥り列車に投身自殺をします。
奇しくもトルストイも82才で家を捨て放浪先の田舎駅で生涯を終えています。その奥底には凡人では測り難いうつ状態が偲ばれます。最近、うつ領域でもVRDAはEBMを得ており、ともすればディストピアになりかねない介護現場でのQOL/QODに欠かせない常備薬と思えます。