ビタミンD研究の新たなる展開

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渡 邊 有 三
(春日井市民病院)


研修医生活を始めた名古屋第一赤十字病院に腎臓内科はなく、担当した末期腎不全患者に対して十分な治療を施せず、心不全で苦しむ患者を看過するしかなかった。そこで循環器部長に懇願し、腹膜透析の機械を購入して頂き、独学で腎不全治療を始めた。これが循環器病学から腎臓病学への転進を目指す契機であったが、大学へ帰局した昭和53年に関連病院である増子記念病院で出合った症例は、自分が骨代謝に興味を持つ理由ともなった重要な経験であった。彼は40歳代で、身長が短縮し、胸郭が釣鐘様に変形していた。骨のX線写真は教科書通りの典型的な二次性副甲状腺機能亢進症であり、副甲状腺摘出術が予定された。彼は長野の透析施設で治療を受けていて、名古屋で治療を受けるために到着した名古屋駅の階段で転倒し、大腿四頭筋腱断裂というおまけまで背負い込んだ。しかし、手術により痒みや関節痛などの症状は劇的に改善した。彼の喜びは、術後管理のために二晩泊り込み、血清Ca濃度をチェックしながらカルチコールを静注した苦労を忘れさせるほどのものであった。RIAによりPTHも測定できるようになりCa代謝への興味が深まった。
腎臓内科学が確固とした病因・治療を提供できず、形態学の限界をも感じていた私にとって、理論的に行われる透析治療、そして当時始まった活性型ビタミンDの臨床治験は非常に科学的なものであり、骨代謝研究が自分の重要な課題となった。しかし、万能薬と考えられた活性型ビタミンDであっても抵抗例が存在すること、保存期腎不全患者への投与が腎機能悪化に関与することなど、解決されない問題も当時から存在した。当時は昭和大学の須田教授が白血病細胞の分化誘導につながるという研究をされ、乾癬に対してもビタミンDが有効であるということが証明され、ビタミンDはCa代謝だけでなく多面的な作用があることへの関心は高まっていた。しかし、腎透析領域では治療抵抗例に対するPTH抑制、血清Ca・P代謝への影響という面がクローズアップされ、そのような方面での討論が主流となり、透析患者におけるビタミンDの有用性というより、ビタミンDによる血管石灰化という副作用の方ばかりが論議され、何時の間にかビタミンDが投与されない患者が増加するという奇妙な事態が生じてきた。
このような折に、庄司先生たち大阪市立大学グループは活性型ビタミンDを服用している患者群の方で生存率が良いという重大な報告を行った。その後、様々な観察研究が行われ、ビタミンDの有用性は確実なものとなりつつあるが、前向き研究はほとんどないというのが実情である。このような機会に行われるJ-DAVID研究はまさに時を得たものである。透析領域では、活性型ビタミンD、エリスロポエチン、ビタミンDアナログ、塩酸セベラマ-、シナカルセトなど、透析患者の管理に重要な薬剤が次々と開発され、その科学的背景も常に確固たるものであった。本研究を進めることにより、患者の生存率改善に対する重要な情報が提供されることを切に願うものである。
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