医学の進歩と疾病の変遷

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細 谷 龍 男
(東京慈恵会医科大学 名誉教授   慢性腎臓病病態治療学 教授)


私の恩師である上田 泰先生は第76回日本内科学会の会頭を務められた。その時の会頭講演のタイトルは「疾病の変貌とその対応」。先生は感染症や抗菌薬の大家でおられたので、その講演も感染症に対する戦いの歴史や抗菌薬の開発、そしてそれに伴う薬剤耐性菌の出現などについて講演された。しかしこの疾病の変貌は感染症の分野だけに限らない。私が卒業したての頃は、慢性糸球体腎炎が原因とされる、30歳代、40歳代の腎不全患者さんを透析導入した経験を少なからず経験したが、今はそのような透析導入の患者さんはほとんど診れない。代わって高齢化し、原因疾患も糖尿病が透析導入の一位となった。しかし糖尿病性腎症に対する取り組みや、新しく開発された糖尿病治療薬の効果があらわれ、いずれ糖尿病が透析導入の原因疾患の第一位ではなくなるであろう。
私がずっと研究してきた痛風においても、以前は痛風腎という腎合併症が痛風患者の予後を左右するといわれていた。しかし1960年代に開発されたアロプリノールをはじめとする優れた尿酸降下薬が1970年代頃より臨床応用されるようになると、重篤な腎障害を合併する痛風患者さんはほとんどいなくなった。このような歴史を踏まえないで「痛風腎」の疾患概念すら否定する研究者も出てきた。しかし古い病理学の本をめくれば、明らかに尿酸塩が多量に沈着した腎臓の写真をみることができる。
数年の単位ではなく、少し長い数十年の単位で疾病の変遷をみれば、上田先生が講演されたごとく、医学・医療は着実に進歩しており、そしてその進歩に伴い新しい問題を提起していることがわかる。J-DAVID研究のような臨床研究はもちろんのこと、私共が毎日診療している患者さんが提供して下さる様々な診療情報の一つ一つが積み重ねられた結果が、医学・医療の進歩につながり、疾病の変遷をもたらしているものと考える。このように考えると、毎日の診療をおろそかにせず、症例報告を積み重ね、そして大規模臨床研究に結びつけていかなければならないと、自らを縛しめているところである。