震災からの一年

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佐藤 譲
(佐藤循環器内科)


平成23年3月11日、巨大な地震と津波が東日本を襲い、多数の生命が失われ、壊滅的な被害が出た。その後、原子力発電所の事故から避難を余儀なくされた人々が未だに帰宅できずにいる。約1年たった今でも瓦礫の処理は完了していない。政府や原子力関係者からは「想定外」という言葉が乱発された。透析患者や施設にも被害が出たが、施設の連携で何とかしのいできたと聞いている。私の住んでいる四国は被災地から1000km以上離れた西側にあるため、直接的な影響はないと思っていた。しかし、透析医療は多数のディスポザブルな消耗品を継続して使用しており、たった一つ、たとえばダイアライザーのキャップ一つでも欠品すると透析医療そのものが失われる恐怖を味わった。さらに、透析患者にしか投与されない塩酸セベラマー製造工場が被災したため震災発生後2カ月後から塩酸セベラマーが国内から無くなり、血清リン管理の方法に苦慮した。
私たちは阪神大震災などの過去の大地震から、各施設が、また施設が連携してライフラインやロジスティックの確保などの透析医療の確保に取り組んできたが、消耗品の部品や医薬品にまでは意識がいっていなかったように思われる。まさに我々も「想定外」の事態を経験させられた。平成23年は「絆」で終わった。
このような過酷な状況にも関わらずJ-DAVIDの研究は継続して行われている。日本の透析医療は世界最高水準であると私は思っているが、それを証明するエビデンスを多数発表していただけると思っている。私たち開業医も参加させて頂いて光栄に思っている。今年も震災から2度目の桜が咲き始めている。J-DAVIDが満開の桜を咲かせる日が来るのを期待してやまない。