透析医療と私

yorioka_noriaki_l

 

 

 

頼 岡 德 在
(一般社団法人 広島腎臓機構)


私が初めて透析医療に接したのは、国家公務員共済組合連合会呉共済病院で学生実習を行った1970年(医学部5年生の時)である。当時はキール型人工腎臓であり、セロファン膜を張り替えて治療にあたっていたのを記憶している。1972年に広島大学医学部を卒業後、上記病院で臨床研修を行い、血液透析、間歇的腹膜透析(IPD)に関する知識と技術を習得した。当時は外シャント、入院透析のみであり、生存期間も極めて短く、長期透析合併症を議論する余裕はなかった。今でも脳裏に焼きついているのは、血栓除去セットを持参し、透析患者の日帰りバス旅行に随行したこと、さらには、血痰を吐きながら呼吸困難を訴える肺水腫患者に対し、緊急PDを施行したことである。その後、内シャント、ホロファイバー型人工腎臓の導入、透析台数の増加に伴い、生命予後の改善も顕著となり、長期透析合併症の対策が必要となってきた。私は、2年間の研修期間を終了後、旧広島大学医学部第二内科に所属し、腎臓内科・透析内科の設立に心血を注いだ。その間に、PDはIPDからCAPD時代に移行した。私のライフワークの一つとして、CAPDにおける腹膜障害機序及び障害進展防止の解明、さらには腹膜再生の研究がある。日常臨床では、PD液は酸性液から中性液に、高濃度ブドウ糖液からイコデキストリン液に、加えてAPDの導入もなされてきた。しかしながら、私の提唱する“PD complete”には未だほど遠く、今後の研究に期待したいものである。
現在施行されているJ-DAVID研究では、維持血液透析患者の心血管イベント、生命予後に対する活性型ビタミンD3(活性型VD3)の有効性を検証している。活性型VD3については、リン(P)吸着薬としてアルミニウムゲルの投与が禁忌となり、沈降炭酸カルシウムしか用いることができなかった時代に、PTHを低下させるため活性型VD3を増量した結果、高カルシウム(Ca)血症を惹起した苦い経験がある。現在では、Ca非含有P吸着薬、シナカルセトが使用可能であり、血清Ca・P値のコントロール下での活性型VD3の心血管に対する真の効果が明らかになるものと確信している。さらに、活性型VD3の多面的作用により、心血管イベント発生減少のみならず、癌発生予防などによる生命予後改善効果も明らかになることが期待される。
庄司 哲雄先生をはじめ、関係各位の現在までのご努力に謝意を表し、稿を終えたい。