エビデンスとドグマの狭間

masakane

 

 

 

政金 生人
(医療法人社団清永会 矢吹病院 腎臓科)


 2003年に同名のエッセイをとある製薬メーカーの情報誌に書いた。EBMという言葉がはやり始めたころで、講演ではだれも彼もが「エビデンス、エビデンス」と繰り返していた。当時のエビデンスはRCT至上主義的な色合いが強く、「エビデンスがないからその治療は勧めない。」などとよく言われていた。自らエビデンスを作らず、引用したエビデンスで他者を否定しようというのは、エビ固め状態だと揶揄した。もっと臨床から得る経験を重要視するべきではないかと言い、それはドグマと紙一重だと先輩からたしなめられた。
 IgA腎症に対する扁摘パルス療法の治療効果については長らく議論があったが、2011年に厚労省の研究班によるRCTで統計学的に有意な治療効果があると報告された。扁摘パルスが晴れてIgA腎症の治療法として認められた画期的な出来事であった。我々も早い時期から扁摘パルスの効果を実感し、IgA腎症の標準的な治療としてきた。だからこの報告は喜ばしかったが、一方で25年にわたる議論の間に何人のIgA腎症患者が透析になったのだろうと思わずにもいられなかった。
 こんな風なので、自分はエビデンスの対極にいるいわば情念の人だと思っていたのだが、なぜか数年前から透析学会のガイドライン作成に携わるようになった。その作業の過程で気がついたことは、いかに日本の透析が世界に知られていないか。日本の常識が世界の常識になっていないのかということである。透析の世界において日本はアジアの片隅の未知なる国のままであった。その理由は、なんと言っても透析療法に関する英語の論文が少ないということにつきる。エビデンスを作ることから逃げ、逆エビ固め状態にいたのは紛れもなく自分自身であったのだ。
 庄司哲雄先生は早くから「腎不全はビタミンD欠乏症候群だ。」と言っていた。当時はビタミンDの投与率が50%未満で、2HPT治療薬として考えられていた頃である。一方当時の山形は、「ビタミンDは補充療法が当然」というお国柄で、当時の腎骨界では珍しい存在であった。だから庄司先生の話を聞いたときに「これはきっと正しい。」と直感し、その先生のRCTには全面協力だと固く誓った。しかし誓いはしたものの、ほぼ全例ビタミンDが投与されており、症例登録は数人に終わってしまった。ホントにごめんなさい。
J-DAVID研究が腎不全はビタミンD欠乏症候群であることを証明し、日本が透析の黄金郷として世界中に認識されることを夢見ております。