ビタミンDの目指すところ

hirakata_hideki_l

 

 

 

平 方 秀 樹
(福岡赤十字病院)


卒業して、これまで30数年、臨床を中心に努めてきた.腎臓を志すきっかけはアメリカ帰りの藤見先生の名講義に惹かれた結果.腎研に入って最初にやった研 究(のお手伝い)が活性型ビタミンDの二重盲検治験で、1週間ごとにプラセボ群の患者と実薬群の患者への薬の袋入れ作業だった.そのころ、その治験を担当 していた先輩が「これでtrade-off仮説を証明できて二次性副甲状腺機能亢進症の一つは解決」と話していたのを想いだす. これまで、臨床をがらっ と変えると予感させた薬剤はアルファロール、カプトプリル、そして、エポジンの3つ.レニン抑制薬が出るかと思っていたら変換酵素の阻害薬が先に出て血圧 は見事に下がり、しばらくしてRA系の亢進がない糖尿病でも有効で、1993年、Lewis研究が出て、RA系抑制薬が腎障害進展抑制に有効であることが 腎炎よりも先に糖尿病性腎症で証明された.そしてARBの時代に変わった.エポジン、エリスロポエチンの薬.カプトプリルが透析患者の貧血を増悪させるこ とに気付いて発表していた時に、いつもエリスロポエチンとRA系の関係が気になり、いつかエリスロポエチンを測定したいと思っていた.そんな希望を超えて エリスロポエチンが薬になった. アルファロールはカルシウムを上げC末端PTHを下げた.患者の骨痛は軽減し、中には痒みの改善もみられた.ところがリ ンもあがり、毎月撮っていた胸写上の大動脈弓の石灰化とシャント吻合部の石灰化が増えていった.そして、アルミゲルが禁止になった.一日9gも投与してい たのに・・・.リンの管理が難しくなり、居直ったようにアルミゲルの処方は続けた.研究室に入って5年目、初めて副甲状腺摘出術をセットアップした.理髪 店の主人、指末端がclubbed finger.ハリソン内科学を開いたら心臓病と二次性副甲状腺機能亢進症が鑑別にあがっていた.副甲状腺摘出術例は増えて行き、摘出腺は保存され、約 20年後、教室の徳本君の仕事に役に立った.このころの症例を集めたデータが2004年、世に出た.庄司先生の研究である.アルファロール服用例の心血管 予後が良好ということ.二次性副甲状腺機能亢進症の話から生命予後に転換してきた.やっと本題の研究が視野に入ってきた.しかし、これは観察研究というこ とで批判あり.是非ともRCTが必要となった.J-DAVIDを進めよう!